デザイン思考とは何か?
デザイン思考とは、デザイナーがデザインを作る際の考え方を用いて、課題の解決やイノベーションを推進する思考法のことです。 2000年代後半頃から広まっていった思考法で、馴染みのない方もいるでしょう。2018年に経済産業省・特許庁がデザイン思考を経営に取り入れる「デザイン経営宣言」を行ったことから、国がこの考え方を推奨していることがわかります。
デザイナーのデザイン思考
デザイナーの仕事は、ユーザーが必要としていて使いやすいものを作ることです。そのためデザイナーは「ユーザーがどんなものを求めているのか」「ユーザーはどんな理由でサービスを利用するのか」について考えます。ユーザーの声から深層心理を洗い出し、色や形を決めて、試作やテストを短期間のサイクルで繰り返します。この「世の中の人が求めているものを作る」という考え方は、販売業やサービス業だけでなく、企業経営における社員と経営陣などの関係にも応用できます。世の中から必要とされるものやサービスだけでなく、企業そのものが世の中から必要とされる存在になるためにも、デザイン思考は欠かせないものといえるでしょう。
デザイン思考とアート思考の違いとは?
デザイン思想と混同されやすいものに「アート思考」が挙げられます。どちらも人の視点で課題を捉える、クリエーターに関するワードで、画期的なビジネスを生み出すために必要な考え方ですが、間違った使い方をしている人も少なくありません。以下より、デザイン思考とアート思考の違いについて解説します。
デザイン思考とは
デザイン思考とは、販売における消費者や企業における労働者など、商品やサービス・企業の買い手側・選ぶ側の視点に立った思考のことをいいます。「作れば売れる」時代は終わりました。現在ではものを売るターゲットを絞って、そこに焦点を合わせた商品制作やマーケティングが求められています。
買い手目線のデザイン思考は、ユーザーが必要としているものを作るうえで欠かせないのです。
アート思考とは
デザイン思考に対して、アート思考は自分の感情や自己表現など、自分を起点とした芸術的視点をベースにした思考のことをいいます。これまでにない画期的な商品を生み出すためには、アート思考が必要です。しかし「自分が作りたい」という考えだけでものを作っても、必ずしも世の中から必要とされるわけではありません。現代においてものやサービスを作るにあたっては、アート思考とデザイン思考のバランスを考える必要があるのです。
デザイン思考が重要な理由
デザイン思考がビジネスにも取り入れられるようになったのは、ユーザーがただ商品を手にするだけでなく、手にした後の体験も重視されるようになったためです。昔は会社そのものの数が少なく、ものを作れば売れる時代でした。しかし会社の数が増えた現代では、競合もたくさん存在します。そのため売れる商品・サービスを作るには、ユーザーが競合に流れないように商品やサービスの魅力を理解し、使い続けてもらう必要があります。そこでデザイン思考では、どうしてその商品・サービスを必要としているのかといったユーザーの深層心理に注目し、短いサイクルでPDCAを回します。デザイン思考における「ユーザーが本当に必要としている商品・サービスを開発する」という考え方は、さまざまな場面に応用できます。そのため、デザイン思考をビジネスに取り入れるべきといわれているのです。
デザイン思考におけるステップ
スタンフォード大学のハッソ・プラットナー・デザイン研究所では、デザイン思考を実践するにあたって5つのステップを提唱しています。
・共感(Empathize)
・定義(Define)
・概念化(Ideate)
・試作(Prototype)
・テスト(Test)
デザイン思考をビジネスで実践するには、この5つのステップを短いサイクルで繰り返していくことが大切です。
共感(Empathize)
デザイン思考では、まずユーザーから共感を得られるもの・サービスを作ることが大切です。そこでインタビューやアンケートを行い、ユーザーの声を集めます。この際に大切なのが、ユーザーから何について意見を聞きたいのか、ユーザーのどんなことを知りたいのかをはっきりさせることです。ただ意見を聞くだけでは、ユーザーから共感を得るための本音・深層心理は導き出せません。そのためユーザーに対するインタビュー・アンケートでは、商品やサービスのターゲットを細かく洗い出し、ターゲットに適した内容で設計する必要があります。
定義(Define)
定義の段階では、共感の段階で集めた情報をもとに課題を洗い出します。新作の洋服に関してユーザーにインタビューを行った場合、ユーザーから「黒だけじゃなくて青や緑も欲しい」「もう少し大きいサイズが欲しい」といった意見が出たとします。
この情報からユーザーは「カラー・サイズのバリエーションを増やして欲しい」と感じているとわかるでしょう。このように定義の段階では、課題からユーザーの本音を洗い出します。定義はデザイン思考の核となる部分です。ここがぶれるとその先のステップが上手く固まらず、失敗に終わってしまうでしょう。したがって定義の段階ではすぐに結果を求めない、思うような結果が得られなかった場合は共感の段階に戻ってやり直す、といったことも大切です。
概念化(Ideate)
概念化の段階では、定義で洗い出した課題・ニーズの解決策について話し合います。
話し合いの方法に関しては、チーム全体でブレインストーミング形式でアイデアを出し合い、解決策を見い出していきます。この際に大切なのが、とにかくたくさん意見を出すことです。話し合いの中では、どうしても意見の質を意識してしまいがちです。
しかしこのようなブレインストーミング形式では、関係ないと思っていた意見が他の意見と組み合わさることで有効な意見に変わることもあります。したがって ブレインストーミングではとりあえず意見の質は気にせず、量を重視して意見をたくさん出すことを意識しましょう。
試作(Prototype)
試作の段階ではこれまで出てきた意見をもとに、時間・手間をかけずに最低限の課題だけをおさえた試作品を作ります。試作の段階では、とにかく意見を形にしてみることが大切です。
テスト(Test)
テストでは試作したものをユーザーに実際に使ってもらい、その意見をもとに改善点を洗い出します。またテストで得た情報から、これまで洗い出した定義・概念などが合っているかを確認していきます。そしてユーザーの意見をもとに改善→試作→テストを繰り返し、改善点をクリアしながら、製品やサービスを完成に近づけていきます。
デザイン思考を実践する効果
デザイン思考をチームで実践することで得られるメリットは主に4つあります。
・「とりあえずやってみる」習慣がつく
・視点を変えることで新たな発想が生まれる
・多様な意見を受け入れられるようになる
・チーム内のコミュニケーションが活発になる
特に多様性が求められる現代において、デザイン思考を取り入れることは多様性に対応し、新たな時代に適したアイデアを生み出すことに適しているといえます。
「とりあえずやってみる」習慣がつく
デザイン思考の中でも特に概念化の段階では、ブレインストーミング形式で意見を出し合います。また試作→テストの段階では短いサイクルで試作品を作り、ユーザーの意見を聞くという流れを繰り返します。この流れを繰り返すことで、デザイン思考を取り入れ、短期間で意見を出し合って簡単なものを作って改良していくというマインドが定着します。
チーム全体で「新しいこともとりあえずやってみる」というマインドが定着し、画期的なアイデアに繋がっていくのです。
視点を変えることで新たな発想が生まれる
デザイン思考では、ユーザー視点で物事について考えます。従来の企業・市場ベースの視点では、ユーザーの声がおろそかになりがちです。ユーザーの声を重視したデザイン思考を取り入れれば、ユーザーのニーズに応じた質の高いアイデアが生まれるでしょう。掘り下げ方次第では、新しい製品・サービスが生まれることもあります。
多様な意見を受け入れられるようになる
デザイン思考においては、既成概念に囚われない多様な意見を取り入れることが求められます。年齢を重ねて経験を積むほど、頭も凝り固まっていきがちです。デザイン思考においては年齢や性別・経験などに関係なく、とにかくさまざまな意見を出し合うことが重要になります。そのため「多様な意見を聞き入れる」「年齢・経験・役職に関係なく意見を出し合う」ことが習慣化されるでしょう。チーム内・企業内でこの習慣が広まれば、革新的なアイデアも生まれやすくなります。
チーム内のコミュニケーションが活発になる
デザイン思考においてはさまざまな年代・役職の人たちが対等な立場で意見を出し合うため、チーム内のコミュニケーションが活発になり、より仕事が円滑に進みやすくなります。一般的に、年少者や経験が浅い人の意見は、おろそかにされがちです。また、当人たちも引け目を感じて意見を出しづらくなっている側面もあります。デザイン思考を取り入れてすべての人が対等に意見を出し合える環境を作ることで、チーム内の結束が強まります。若手にとって居心地の良い環境ができあがれば、若手の離職の防止や中間管理職の育成にも繋がるでしょう。
デザイン思考を実践するデメリット
デザイン思考を実施しても効果がなかったり、間違った方向に進んでしまったりすることもあります。導入においては、以下のようなデメリットを理解したうえで実践する必要があります。
・0からものを生み出すには不向き
・人によって意見が偏ってしまう
・「デザイン」を間違って捉えられてしまいがち
・組織に定着させにくい
0からものを生み出すには不向き
デザイン思考は、既存の製品を改良して新しいものを生み出すことに適している一方で、0から新しいものを作るのには向きません。デザイン思考はすでにニーズがあるものについてユーザーの声を取り入れて、ユーザーベースで開発を進めるものです。ブレインストーミングもユーザーの声ありきで行うものですから、0の状態からは進められません。したがって 新しいものを0から生み出したいとなると、デザイン思考ではなく別の思考法や手段を取り入れる必要があります。
人によって意見が偏ってしまう
所属や経歴が偏っているチームだと、似たような意見しか出ず、ブレインストーミングを行っても意見が偏ってしまうことがあります。アイデアは経験から生まれるものです。
そのためチームの中でも権力がある立場の人が似たような経歴だと、その人の意見を重視してしまい、物事の本質を見失うことがあります。また若手に関しては、経験が少ない故に意見を出せなくなってしまうこともあるでしょう。デザイン思考は経歴・年代などさまざまな属性のメンバーを集めたチームに適していることを踏まえて、そうでないチーム構成の場合は注意する必要があるでしょう。
「デザイン」を間違って捉えられてしまいがち
デザインとアートを、間違えて捉えてしまう人は少なくありません。本来、デザインとは人の目を惹きつつ、人にとって使いやすい・見やすいものを作るための形態や設計、構図のことをいいます。デザインを個性や斬新さと取り違えると、デザイン思考が持つ本来の効果を存分に発揮できません。したがってデザイン思考を取り入れるには、組織全体が「デザインとは何か」をよく理解する必要があります。
組織に定着させにくい
デザイン思考は良いチームづくりには必要な考え方ですが、現状では実現・定着が難しい面があります。デザイン思考においては、若手もベテランも対等に意見を交わせることが基本です。しかし日本は、年功序列が根強く残る国です。そのためベテランの立場が強く、若手の意見が取り入れられないことも少なくありません。したがって デザイン思考を取り入れるには、まずチーム全体で対等に意見を交わせる関係性を築くことが大切です。
デザイン思考とあわせて実践したいフレームワーク
デザイン思考は、相性の良いフレームワークと組み合わせることでより効果を発揮します。ここからは、デザイン思考とあわせて実践したい以下のようなフレームワークを紹介します。
・共感マップ
・SWOT分析/事業環境マップ
・ビジネスモデルキャンバス
共感マップ
共感マップとは、ユーザー(ペルソナ)の視点で思考や行動について考えを整理するフレームワークのことです。デザイン思考はユーザーの視点でアイデアを出し、試作を繰り返すフレームワークです。しかし、ユーザーの視点といっても、どうしても企業側の企画・検討する者の主観が入ってしまうでしょう。共感マップでは実在する人物を仮定し、自分がその人物だったらどうするか、ユーザーについて掘り下げるため、よりユーザー像を明確にできます。
共感マップは以下の6つの要素で構成されます。
・SEE(見ているもの)
・HEAR(聞いていること)
・THINK and FEEL(考えていること・感じていること)
・SAY and DO(言っていること・行動していること)
・PAIN(痛み・ストレスに感じていること)
・GAIN(欲しているもの・得られるもの)
ただインタビューやアンケートでユーザーから意見を集めるだけでなく、共感マップを用いて「自分たちがユーザーの立場だったらどうするか」を考えることで、よりユーザーの視点に近づいてプロジェクトを進められます。
SWOT分析/事業環境マップ
SWOT分析とは、以下の4つの視点から商品やサービスについて考える分析手法をいいます。
・Strength(強み)
・Weakness(弱み)
・Opportunity(機会)
・Threat(脅威)
SWOT分析の中でも特にStrengthとWeaknessは企業の内側、OpportunityとThreatは企業の外側に関わる要素となります。それぞれを分析することで自社の立ち位置を理解し、強化すべき事業を洗い出せます。また事業環境マップとは、以下の4つの視点から外的要因について分析するフレームワークのことです。
・トレンド
・市場
・経済
・産業
トレンドと経済はミクロ環境、市場と産業はマクロ環境に分類され、事業環境マップは他社と比べた自社の立ち位置を確認するのに役立ちます。
ビジネスモデルキャンバス
ビジネスモデルキャンバスは、以下の9つの視点から事業を分析するフレームワークです。
・顧客セグメント
・価値提案
・チャネル
・顧客との関係
・収益の流れ
・リソース
・主要活動
・パートナー
・コスト構造
ビジネスにおける分析方法は、SWOT分析や3C分析が有名です。
それに対してビジネスモデルキャンバスは、他の分析手法と比べても多くの視点から細かく事業について分析できます。 複数の視点から事業について見ていくことで、自社に都合の良い意見ばかりではなく、バランス良く俯瞰して自社について分析できるのも、ビジネスモデルキャンバスのメリットです。
デザイン思考の成功事例
デザイン思考を自社で取り入れるには、まずは成功している企業の例を参考にしてみるのがいいでしょう。以下より、デザイン思考の成功事例を4つ紹介します。
iPod/音楽プレイヤー
2010年代に大流行したApple社の音楽プレイヤーiPodは、デザイン思考から生まれた製品です。iPodの開発では、まず「ユーザーがどのように音楽を聞いているのか」についての意見を集めることから始めました。この調査の結果「音楽をポケットに入れて持ち運べる」というコンセプトが生まれます。そこにサークルを触って操作する、iPodをPCに繋いだら自動的に同期されるなどの、便利かつ斬新なアイデアが加わり人気商品へと成長していきました。
ブラウン/電動歯ブラシ
ブラウンは、P&Gから発売されている人気電動歯ブラシです。元々は機能重視で、AIを用いて歯磨きの改善方法を提案したり音楽を流したりするものが想定されていました。しかし、技術はあくまでユーザーのフラストレーションを解決するための手段との社内の説得を受け、ユーザーに対するリサーチを開始します。するとユーザーからは「専用の充電器でしか充電できないのが面倒」「替えの歯ブラシの注文を忘れてしまう」といった、従来とは全く異なる意見が出てきました。そこでブラウンは電動歯ブラシをUSB充電式にし、歯ブラシの替えどきを提案してくれるシステムを考案しました。これにより、ユーザーのニーズに沿った電動歯ブラシが誕生しました。
Spotify/音楽ストリーミングサービス
現代ではさまざまな企業が音楽ストリーミングサービスに着手していますが、中でもSpotifyは世界で2億人以上のユーザーを抱える人気サービスとして知られています。
このSpotifyの人気にも、デザイン思考が関与しています。Spotifyではユーザーがこれまでに聴いてきた音楽から、おすすめのプレイリストを作成できます。「月曜日を元気にしたいプレイリスト」などがその例です。Spotifyはユーザーがその時に欲している音楽を想定したプレイリストを提案することで、サービスを使う楽しさなど付加価値を生み出し、高評価に繋がっています。
Airbnb/民泊サービス
Airbnbは、2010年代中頃から後半にかけて一気に人気を集め、認知を広めた民泊サービスです。元々Airbnbは赤字経営でした。そこでAirbnbでは、新入社員研修で新入社員に1週間Airbnbを利用して旅行することを課しました。この研修を通して実際にサービスを利用することで、新入社員たちはユーザーの視点をよく理解し、サービス開発に反映させるようになりました。またこの際に、新入社員からのフィードバックは良い内容だけでなく悪い内容も受け付けていました。このように社内で良いことも悪いことも共有できる環境を作ることで、コミュニケーションが活発になり、より良いサービスづくりに適した環境が出来上がりました。
人材育成ならユーキャン
デザイン思考ではユーザーの視点に立って意見を出し合い、試作→改善を繰り返します。
意見交換が活発になるため、デザイン思考を取り入れることは良い組織づくりにも繋がる
でしょう。ユーキャンの人材育成サービスは、デザイン思考をはじめビジネスにおけるチーム運営に必要なe-ラーニングや研修を取り揃えています。時代に適したより働きやすい組織づくりのために、ぜひユーキャンの人材教育プログラムをご活用ください。
お問合せはこちらから
まとめ
ユーザー視点で物事を考えるデザイン思考においては、デザインとは何かを理解すること、相手の意見を受け入れることが成功のカギです。デザイン思考は商品・サービス開発だけでなく、組織運営やマーケティング戦略にも応用できます。さまざまな視点からの意見を取り入れることで、革新的なアイデアが生まれる可能性が高まるでしょう。デザイン思考を正しく実践することで社内の変革を推進し、新たな価値を創造する力をつけられるでしょう。