インクルージョンの意味とは?
ビジネスシーンにおけるインクルージョンは、企業に属する誰もが事業に参画・貢献する機会があり、それぞれの能力や考え方が活かされている状態を指します。 「inclusion」は直訳で、「包括・包含」という意味です。
例えば、日本人の職場に外国人を雇った場合、日本人と同じように教育し、仕事に従事させるのでは、外国人が持つ価値観やスキルがうまく発揮できない可能性があります。インクルージョンでは、外国人としての価値観や経験、個性を認め、活躍できる場で働いてもらえるような環境を整えることを重視します。
この考え方の発端は、ヨーロッパ諸国で社会問題となっていたソーシャル・エクスクルージョン(社会的排除)です。ソーシャル・エクスクルージョンとは、特定の人や団体が、本来なら平等に受けられるはずのサービスや権利、機会が差別や格差が原因で受けられていない状態を指します。
1970〜80年代にかけてのフランスをはじめとしたヨーロッパでは、産業革命の影響や移民増加によって失業者や貧困層が増えており、問題になっていました。そこで、ソーシャル・エクスクルージョンの対策として考えられたのがインクルージョンです。社会福祉の問題を解消するのに役立ったインクルージョンは、教育の場でも広まるようになり、今では、ビジネスシーンにも浸透しています。
インクルージョンは、さまざまなスキルや知識、経験を持った人材が、それぞれの個性・能力を活かすことができるため、新たなイノベーションが生まれやすい組織づくりに効果的です。
教育の場からビジネスへと展開
ビジネスシーンでも推進されるようになったインクルージョンの考え方は、教育の場から発展したものです。ヨーロッパにおける社会問題の解決のために生まれたソーシャル・インクルージョンの考え方が、教育の場に「インクルーシブ教育」として取り入れられました。
国際的に、教育の場でインクルーシブ教育が取り入れられるようになったきっかけは、1994年のUNESCOで発表されたサラマンカ声明です。さらに、2006年に国連で採択されたCRPDには日本も署名し、関連する法整備も進められました。CRPDでは、「合理的配慮」の考え方が重要視されており、これはインクルージョンを前提とした考え方です。
インクルーシブ教育が重要視される以前は、教育の場において児童を障がいの有無によって区別し、交流や共同学習を実施するメインストリーム教育や、区別したうえで環境を変えずに教育する統合教育が中心でした。しかし、インクルーシブ教育の展開により、障がいや個人の属性によって区別はせず、それぞれに最適化した教育が実施できる環境が整備されるようになりました。
個人の実力を発揮させるのに役立つインクルーシブ教育は、教育の場からビジネスシーンへと広まり、新しい時代に対応するために必要な考え方として、注目されています。
インクルージョンの普及を目指す日本の動き
2010年代以降の日本政府も、インクルージョンの普及を重要課題の1つとして位置付けています。2023年の「経済財政運営と改革の基本方針」では、「全ての人が力を発揮できる包摂的な社会」を目指す方針を掲げており、インクルージョンの考え方が大事であると示しています。
2013年の「高齢者雇用安定法」による退職年齢の引き上げや、「障害者雇用促進法」による障がい者の職業安定を目指す取り組みも、インクルージョン普及に向けた施策です。
そのほか、内閣府が定義した未来社会コンセプト「Society 5.0」では、“デジタル技術の活用により誰もが活躍できる社会”を日本が目指すべき未来像として設定するなど、さまざまな場面でインクルージョンの考え方が盛り込まれています。
インクルージョンが求められる背景
ヨーロッパの社会福祉問題の解消から、教育の現場、そしてビジネスシーンに広まったインクルージョンは、現在においてより重要視されています。インクルージョンが求められている背景としては、2つの要因があげられます。
- ・差別化のためにイノベーションが求められている
- ・人材確保のために多様化が求められている
以下では、それぞれの背景について詳しく解説します。
差別化のためにイノベーションが求められている
世界的な技術の進歩によって、どんなモノやサービスであっても、ある程度の品質が保たれるようになりました。モノやサービスが均一化するなかで、企業が生き残っていくためには、イノベーションによる新たな価値の創造が必要です。多様性を受け入れるインクルージョンにより、さまざまな人材の価値観を取り入れたら、イノベーションも生まれやすくなるでしょう。
人材確保のために多様化が求められている
日本では、労働人口が減少しているため、労働市場は流動化しています。売り手市場の昨今では、求職者が自分の価値観を活かせる働きやすい職場を探す傾向にあります。そのため、 採用を強化したい企業は、インクルージョンの考え方を取り入れ、多様な働き方ができるビジネス環境を整備しなければ、優秀な人材の確保は難しいでしょう。
インクルージョンとダイバーシティの違い
ダイバーシティとは、直訳で「多様性」を意味し、違う性質を持つ人材を分け隔てなく受け入れるという考え方です。年齢や性別、国籍で区別せずに、多様な人材を受け入れる社会や組織を目指すために広まりました。
インクルージョンは、多様な人材を受け入れたうえで、それぞれの個性や意見を尊重する状態であるため、ダイバーシティを前提とした考え方です。 それぞれが異なる考え方ではなく、ダイバーシティから発展させたものがインクルージョンであり、深い関連性があります。
ダイバーシティのなかでインクルージョンが生まれた
ダイバーシティはインクルージョンよりも先に広まった考え方で、そのなかでインクルージョンが生まれました。ダイバーシティの発端は、1960年代に起きたアメリカの公民権運動です。移民が多いアメリカで、マイノリティを受け入れるには、ダイバーシティの考え方が欠かせません。
ダイバーシティは多くの企業でも取り入れられ、人種、国籍、性別などに左右されない雇用体制ができましたが、多様性を認めた採用が目的となってしまい、定着率の悪化や、採用・教育に多額の費用がかかるという問題が浮き彫りになりました。
多様性を受け入れるだけでは、個人の能力を活かせず働きにくさを感じてしまうため、ストレスや早期離職につながってしまいます。そこで、この問題を解決するために、多様性を受け入れ、かつそれぞれの違いを尊重し、活躍できる場づくりを重要視したインクルージョンの考え方が生まれました。現在では、「ダイバーシティ&インクルージョン」として、ビジネスに取り入れられています。
ダイバーシティ&インクルージョンが重要視されている理由
「ダイバーシティ&インクルージョン」がビジネスシーンで重要視されているのは、働く人口の減少やグローバル化、技術革新によるニーズの多様化などが要因です。グローバル性のあるインクルージョンは、これまでにないイノベーションを生み出す可能性があります。
また、 世界的に取り組みが推奨されている持続可能な開発目標「SDGs」でも、ダイバーシティ&インクルージョンの考え方が用いられています。 「誰ひとり取り残さない」というSDGsの目標達成には、ダイバーシティ&インクルージョンに取り組む姿勢が必要不可欠です。
SDGs17のひとつである「働きがいも経済成長も」は、企業が意識すべき目標です。なかでも、以下の2つの目標は、企業におけるダイバーシティ&インクルージョンの実践が必要とされています。
- ・2030年までに、若い人たちや障がいがある人たち、男性も女性も、働きがいのある人間らしい仕事をできるようにする。そして、同じ仕事に対しては、同じだけの給料が支払われるようにする。」
- ・「他の国に移住して働いている人、中でも女性、仕事を続けられるか不安定な状況で働いている人を含めた、すべての人の働く権利を守って、安全に安心して仕事ができる環境を進めていく。
※引用:8.働きがいも経済成長も | SDGsクラブ | 日本ユニセフ協会(ユニセフ日本委員会)
日本のダイバーシティ&インクルージョンの現状
他民族や多人種の受け入れが進んでいる欧米やヨーロッパなどに比べて、日本はダイバーシティ&インクルージョンへの適応が遅れている状態でした。しかし、人材確保が難しくなっている昨今では、日本でも多くの企業がダイバーシティ&インクルージョンを取り入れるようになっています。
また、政府が推進する「ダイバーシティ経営」では、ダイバーシティ&インクルージョンを重視した制度を設けるなど、多様な人材が活躍できる組織づくりを強調しています。
インクルージョン推進で期待できる4つのメリット
インクルージョンを取り入れた組織づくりには、大きく分けて4つのメリットが期待できます。
- ・優秀な人材の獲得・定着
- ・企業イメージの向上
- ・事業のイノベーションに寄与
- ・生産性・モチベーションの向上
以下では、それぞれのメリットについて詳しく解説します。
1.優秀な人材の獲得・定着
インクルージョンを推進している企業では、個性や能力を活かして働ける環境が整っているため、求職者に選ばれやすくなります。昨今の求職者は、多様性を受け入れているかどうかや、自分らしく働けるかどうかなどに関心を持つ傾向にあるため、インクルージョンの推進によって優秀な人材を獲得しやすくなるでしょう。
実際にインクルージョンが浸透している職場で働くと、個人の能力を発揮しやすく、従業員満足度やエンゲージメントが高まりやすくなります。そのため、定着率の向上も期待できます。
2.企業イメージの向上
さまざまな個性を認めて尊重できる企業は、外部からのイメージが良くなりやすいのもメリットです。昨今では、国際的にインクルージョンの考え方を重視する傾向にあるため、積極的に取り組んでる企業は評価を受けやすくなるでしょう。
企業イメージのアップは、採用市場で優位に立てるほか、社会的信用の向上により、消費者から選ばれやすくなるというメリットにつながります。
3.事業のイノベーションに寄与
さまざまな価値観や経験、能力を持った人材が、それぞれの能力をいかんなく発揮できる企業では、相乗効果によってイノベーションが起きやすくなります。従来にはなかった新しい観点の意見や発想が生まれるでしょう。
インクルージョンによって固定観念を排除し、多角的に事業を見つめ直せれば、新たな企業の価値観を生み出し、業績アップや事業の展開なども図れます。
4.生産性・モチベーションの向上
個々の能力や価値観を認めてもらえる職場は、従業員のモチベーションが向上しやすい傾向にあります。モチベーションを保って仕事ができる環境では、生産性の向上も期待できるでしょう。多様性のある人材がそれぞれ働きやすい環境で業務にあたるためには、個性を理解し、適切な配置が必要です。
個人を尊重してもらえていると感じる職場では、従業員のエンゲージメントも高まり、やりがいをもって仕事に臨んでもらえるでしょう。
インクルージョン推進での課題
インクルージョン推進にあたっては、解決すべき2つの課題があります。
- ・従業員の理解が必要
- ・環境整備に時間がかかる
以下では、インクルージョンの課題について詳しく解説します。課題を理解したうえで、スムーズにインクルージョンに取り組んでください。
従業員の理解が必要
インクルージョンの推進には、これまでの採用ルールや社内制度を改定する必要性もあるため、従業員の理解が必要です。前もってしっかり理解してもらっておかなければ、社内環境の変化に伴い、不満の声や反発がある可能性があります。
インクルージョンに関する取り組みについて、従業員への説明を十分に行い、理解してもらったうえで施策をスタートするといいでしょう。
環境整備に時間がかかる
採用ルールや社内制度の改定は、簡単にはできません。経営層の許可や改定する内容の精査などに時間がかかります。また、定着するまでは、適宜見直しや改善が必要になります。急いで進めると、ルールや制度に対する心象が悪くなり、かえって社内環境が悪化する可能性もあるため、焦らずに進めましょう。
企業がインクルージョンを推進する流れ
企業がインクルージョンを推進する場合、以下の3ステップで進めるといいでしょう。
- 1.組織体制・制度の構築
- 2.社内の意識改革の推進
- 3.状況の把握と改善
ここからは、推進の流れについて、段階別に詳しく解説します。
1.組織体制・制度の構築
インクルージョン推進を始める際には、多様な人材を受け入れるための体制や制度の構築が必要です。採用基準や社内規定、社内ルールだけでなく、異なる文化の人材でも働きやすい環境整備なども必要です。
女性や通院が必要な人でも働きやすいように、育児休暇や療養休暇などの休暇制度を充実させたり、高齢者や障がいがある人でも働きやすいようにバリアフリー化を計画したりするなど、誰もが働ける環境なのかチェックし、改善点を見つけます。
また、チームや部門体制の見直し、採用基準や配置判断の見直しなども必要です。ここでは、さまざまな背景を持つ人材を受け入れられる準備に注力しましょう。
2.社内の意識改革の推進
インクルージョンの実現には、社内全体の意識改革が必要です。従業員だけでなく、経営層から意識を変えなければ、インクルージョンは進みません。多様性を受け入れるだけでなく、お互いを尊重し、それぞれが活躍できる状態をつくるには、経営層の意識改革と従業員の理解が必要です。
どんな施策を実施するのかだけでなく、インクルージョンとはどういう考え方で、なぜ必要なのかについて、急がずにじっくり説明し、理解を促しましょう。
3.状況の把握と改善
インクルージョン推進は、進捗状況を把握しながら、都度見直しや改善を繰り返していく必要があります。多様な人材を採用し、お互いを尊重する制度のもとに働いてもらっても、初めのうちは成果が出にくいでしょう。アンケートを実施するなど、実際に現場で働く従業員の意見を取り入れながら推進していく必要があります。
インクルージョン推進で気を付けたいポイント
インクルージョンを推進するにあたって、3つのポイントに注意が必要です。
- ・状況を数値で把握できない
- ・社内全体の理解が必要
- ・短期間で効果は出ない
以下では、それぞれのポイントについて詳しく解説します。
状況を数値で把握できない
ダイバーシティの場合は、「採用した外国人労働者の割合」など、数値で状況を把握できるが、 インクルージョンの場合は数値化するのが難しく、成果も見えにくくなります。そのため、インクルージョンの進捗状況を把握するには、社内環境の調査が必要です。定期的に、従業員満足度の調査などの社内アンケートを実施するといいでしょう。
社内全体の理解が必要
多様性を受け入れ、尊重し合える環境づくりには、社内全体で取り組む必要があります。インクルージョンについて、従業員全員が明確に理解すれば、さらに推進しやすくなります。年齢、性別、経験、立場に関わらず、誰もが意見を出しやすい環境であれば、イノベーションが生まれる活気ある職場になるでしょう。
短期間で効果は出ない
インクルージョンを推進しても、短期間で効果は出ません。多様性を受け入れて尊重できる社内環境をつくるには時間がかかります。これまでの意識を変えていくには、ダイバーシティ&インクルージョンの考え方に対する説明と、少しずつ理解してもらう時間が必要です。
インクルージョンを取り入れた企業例
昨今では、さまざまな企業がインクルージョンを取り入れています。ここからは、以下の3つの企業例を紹介し解説します。
- ・ダイバーシティ&インクル―ジョンに特化した専門部署の設置
- ・ダイバーシティ&インクル―ジョンに関する施策の実施
- ・ダイバーシティ&インクルージョン実現のための子育て支援施策の実施
ダイバーシティ&インクル―ジョンに特化した専門部署の設置
大手電機メーカーのHは、ダイバーシティ&インクル―ジョン推進のためにアドバイザリー・コミッティと推進協議会を設立しています。半年に1回機会を設け、ダイバーシティ&インクル―ジョンを取り入れた経営方針の決定や意見交換、ベストプラクティスの共有などを実施しています。
また、現場ごとに最適な取り組みを実施するために、グループ会社や事業所ごとの実態把握、課題発見にも積極的です。そのほか、グローバル女性サミットの開催や女性活躍推進プロジェクトの立ち上げ、労働組合との定期的な意見交換など、ダイバーシティ&インクル―ジョンの推進のための意欲的な活動が注目されています。
ダイバーシティ&インクルージョンに関する施策の実施
大手住宅メーカーSでは、女性の活躍、多様な人財の活躍、働き方の多様化、ワークライフバランスの充実を掲げ、施策を実施しています。2014年からは、女性向けの管理者育成プログラムも開設しました。
さらに、障がい者や外国人の採用も積極的に行っているほか、男性の育児休暇がとりやすいように制度を整備するなど、ダイバーシティ&インクル―ジョンの環境整備に努めています。
その結果、ジェンダー関連の情報開示や男女平等への取り組みとその実績を評価する株式指数の「ブルームバーグ男女平等指数」に選出されるなど、世間的な企業イメージが向上しています。
ダイバーシティ&インクルージョン実現のための子育て支援施策の実施
大手製菓メーカーGは、女性の活躍支援や子育て支援、障がい・国籍・年齢に捕らわれない雇用と活躍推進などの、インクルージョン推進施策を実施しています。中でも子育て支援に力を入れており、子どもが誕生した後の半年以内に1か月の長期休暇を必ず取得できる制度の整備など、社会的な注目を集めています。
また、どんな属性の従業員でも活躍できる環境づくりや、結婚、子育て、介護などのライフスタイルの変化にも対応できる働き方の整備も推進。さらに、多様な人材に合わせやすいテレワークも積極的に推進し、「テレワーク先駆者百選 総務大臣賞」を受賞しました。
まとめ
少子高齢化による労働人口の減少や、グローバル化への対応といった課題解決のため、ダイバーシティ&インクルージョンは欠かせない考え方です。 さまざまな属性の人材を受け入れ、インクルージョンを実践し、企業の力に変えていく必要があります。
ユーキャンでは、人材の育成に欠かせない集合研修やオンライン研修を実施しています。アフターフォローも充実しているので、安心して受講可能です。
インクルージョンの導入に伴い、新たな人材の育成に取り組む企業の方はぜひユーキャンの研修をご活用ください。