レジリエンスとは何か?
レジリエンスについて、以下の2点を解説します。
- ・レジリエンスは「困難を乗り越え回復する力」
- ・ビジネスにおけるレジリエンス
レジリエンスは「困難を乗り越え回復する力」
レジリエンスとは、物理学の分野で用いられてきた用語です。「外からの力によって変形した物体が、元に戻ろうとする力」を表す言葉で、現在は心理学の分野で使われることが増えています。
心理学におけるレジリエンスとは、逆境やストレスに直面したときに適応する「精神的な回復力」を表す言葉として用いられています。 対義語は「脆弱性」と呼ばれ、情報セキュリティにおける脆弱性と区別するために、「ストレス脆弱性」と呼ぶこともあります。
ビジネスにおけるレジリエンス
ビジネスにおいても、レジリエンスの視点は欠かせません。定期的な健康診断で従業員の身体の不調を把握するように、精神的な不調をフォローする体制が必要視されているためです。
レジリエンスを強化することは、従業員の心身の健康を維持し、生産性の向上や作業効率改善を目指す「健康経営」の戦略的な実践に直結します。企業と従業員双方にメリットのある健康経営を実現する意味でも、レジリエンスは重要です。
ビジネスでレジリエンスが注目される理由
昨今のビジネスシーンで、特にレジリエンスが注目され始めている理由は3つあります。
- ・メンタルヘルスの社会問題化
- ・新型コロナウイルスの流行
- ・VUCA時代への対処
以下で詳しく解説します。
メンタルヘルスの社会問題化
日本では、職場におけるメンタルヘルスの問題が顕在化し、社会問題の1つとして認知が急速に広がっています。2015年にはストレスチェックが義務化されるなど、国も問題解決に力を入れており、企業に何らかの対策を講じることが求められています。
メンタルヘルスの改善につながると期待されているのが、精神的回復力を意味する「レジリエンス」の強化です。メンタルヘルス対策として重要な、ストレス耐性や思考の柔軟性は、レジリエンスとも深い関係があります。
新型コロナウイルスの流行
新型コロナウイルスの流行によって、日々の暮らしや働き方にも大きな変化が生じました。外出の自粛やリモートワークの普及などで、人々の消費活動が変容したことで、これまでになかったストレスに悩まされる人も増えています。
企業は時代に適したビジネス形態を模索することに加えて、従業員の心身的なサポート体制を構築していかなければなりません。 レジリエンスを高めることで、これまでにない困難や逆境を乗り越える力を養うことができます。
VUCA時代への対処
VUCA(ブーカ)とはVolatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字で構成した造語です。社会情勢や環境の変化が目まぐるしく、未来の予測が難しい状況のことを表します。
VUCA時代に対応しながらビジネスを進めていくには、レジリエンスが重要です。レジリエンスは、ストレス要因をなくすのではなく、ストレスに適応することを目指します。精神的回復力が高まることで、不確実で煩雑な問題にも柔軟に対応しやすくなります。
レジリエンスを測定する尺度
レジリエンスを測定するおもな尺度として、下記のものが挙げられます。
尺度の名称 | 研究者 |
レジリエンススケール(RS、Resilience Scale) | ワグニルド氏 ヤング氏 |
森敏昭氏らのレジリエンス尺度 | 森敏昭氏ほか |
精神的回復力尺度(ARS、Adolescent Resilience Scale) | 小塩真司氏ほか |
レジリエンス測定にはさまざまな種類があり、統一した尺度はありません。これまでは心理学分野からの研究結果が中心でしたが、今後はビジネスシーンに特化したレジリエンス測定の手法が、広まっていく可能性もあります。
危険因子と保護因子
レジリエンスへの理解を深めるためには、危険因子と保護因子について知っておく必要があります。元々は医療現場で使われていた用語ですが、ビジネスの場における意味について、以下で詳しく解説します。
・危険因子
危険因子とは、困難な状況をもたらす原因を指します。例えば、虐待や離婚、貧困、災害、戦争などが危険因子に該当します。ビジネスシーンでは、病気や人間関係の悪化、希望していない部門への配属などが危険因子として挙げられます。
・保護因子
保護因子とは、困難な状況を乗り越える力を指します。性格といった先天的かつ個人的な因子や、問題解決能力といった、後天的な因子などが保護因子に該当します。 保護因子には家族や友人によるサポートなどの環境要因も含まれており、ビジネスシーンでは企業が従業員をフォローする体制を整えることも保護因子に相当します。
精神的回復力
精神的回復力とは、レジリエンスをもたらす個人内因子です。レジリエンスを、測定の1つである精神的回復力尺度で取り上げており、次の3因子で構成されています。
- ●新奇性追求
- ●感情調整
- ●肯定的な未来志向
精神的回復力尺度は、パーソナリティ心理学や発達心理学を専門とする、小塩真司氏の研究グループによって考案され、精神的回復力を21項目から測定していきます。21項目の内訳は、新奇性追求が7項目、感情調整が9項目、肯定的な未来志向が5項目です。
※参考:ARS日本語
新奇性追求
新奇性追求とは、習慣や常識にとらわれずチャレンジする姿勢や、新しいことへの興味を指します。下記は、精神的回復力尺度における新奇性追求を測定する質問文の一例です。- ・色々なことにチャレンジするのが好きだ
- ・困難があっても、それは人生にとって価値のあるものだと思う
感情調整
感情調整とは、気持ちのコントロールを表しており、怒りや悲しみといったマイナスの感情を調整することを指します。下記は、精神的回復力尺度における感情調整を測定する質問文の一例です。- ・自分の感情をコントロールできる方だ
- ・ねばり強い人間だと思う
肯定的な未来志向
肯定的な未来志向とは、未来に対してポジティブに向き合い、目標に向かって計画を立て実践することを指します。下記は、精神的回復力尺度における肯定的な未来志向を測定する質問文の一例です。- ・自分の未来にはきっといいことがあると思う
- ・自分の目標のために努力している
資質的要因と獲得的要因
資質的要因と獲得的要因は、臨床心理学やパーソナリティ心理学を専門とする平野真理氏の研究グループが考案した尺度です。二次元レジリエンス要因尺度では、資質的要因は後天的に身につきやすく、獲得的要因は先天的な要素が大きいとされています。
※参考:Study | hiranolab
資質的レジリエンス要因(資質的要因)
資質的レジリエンス要因(資質的要因)は、次の4項目で構成されています。- ・楽観性
- ・統御性
- ・社交性
- ・行動力
獲得的レジリエンス要因(獲得的要因)
獲得的レジリエンス要因(獲得的要因)は、次の3項目で構成されています。- ・問題解決志向
- ・自己理解
- ・他者心理の理解
レジリエンスを測定するおもな尺度
レジリエンスを測定する4つの尺度には、それぞれ下記の特徴があります。
尺度の名称 | 因子・尺度 | 項目数 |
レジリエンススケール (RS、Resilience Scale) | 個人的コンピテンス (Personal Competence) 自己と人生の受容 (Acceptance of Self and Life) | 25項目 |
森敏昭氏らのレジリエンス尺度 | I am 因子 I can 因子 I have 因 I will/do 因子 | 29項目 |
精神的回復力尺度 (ARS、Adolescent Resilience Scale) | 新奇性追求 感情調整 肯定的な未来志向 | 21項目 |
二次元レジリエンス要因尺度 (BRS、Bidimensional Resilience Scale) | 資質的要因 獲得的要因 | 21項目 |
どの尺度においても、簡単な質問文に回答するだけで、レジリエンスの高さが測定できます。
レジリエンスと似ている用語との違い
レジリエンスと似ている用語には、以下のようなものがあります。
- ・メンタルヘルス
- ・ハーディネス
- ・ストレス耐性・ストレスコーピング
それぞれの用語の意味と、レジリエンスとの相違点を解説します。
「メンタルヘルス」との違い
メンタルヘルスは精神的な健康を意味しており、不調の軽減や精神的なサポートが必要な場面で使われる用語です。近年、職場におけるメンタルヘルスケアの重要性が高まっており、多くの企業が積極的な施策を展開しています。レジリエンスは、ストレスに直面した際の回復力を示す用語で、困難にどう適応するか、上手く回復できるかを意味します。
「ハーディネス」との違い
ハーディネスとは、ストレスを受けている状況下でも、メンタルの健康を維持しようとする特性を表す用語です。 例えば、困難な状況に陥ったとき、「何とかなるだろう」と前向きな気持ちになれる人はハーディネスの傾向が強いといえます。ハーディネスがストレスを防御する精神的な強さと捉えられるのに対して、レジリエンスはストレスへの適応力を意味します。
「ストレス耐性・ストレスコーピング」との違い
ストレス耐性はストレスに耐える力の程度を指し、レジリエンスを構成する要素の1つとして位置付けられています。一方、ストレスコーピングは、ストレスに対処する方法を意味します。「愚痴を聞いてもらうことでストレスが緩和される」といった状態は、ストレスコーピングの代表例です。レジリエンスがストレスに対する耐久力や回復力を示しているのに対して、ストレスコーピングはストレスを切り抜けるものといえます。
企業にとってのレジリエンスの重要性
レジリエンスを高めることで、企業が得られるメリットは4つあります。
- ・情勢の変化に対応できる
- ・従業員の健康維持・促進
- ・組織の業績向上
- ・社会的な評価が上がる
以下で詳しく解説します。
情勢の変化に対応できる
社会情勢の変化が激しい現代社会において、組織のレジリエンスが高ければ、臨機応変な対応をとりやすくなります。企業があらゆる困難、課題を乗り越え、成長を持続させるには、従業員一人一人のレジリエンスを強化することが重要です。
従業員の健康維持・促進
従業員のレジリエンスが高ければ、ストレスへの対応力、回復力が向上するため、健康の維持促進につながります。従業員のレジリエンスを重視することで、離職率の低下や、仕事に対する意欲向上などが期待できます。
組織の業績向上
レジリエンスが高い組織は、目標を達成する力が強く、変化に適応して成長し続けることが可能です。 失敗を恐れず新しいことに挑戦する従業員が増えれば、組織としての業績向上にもつながります。
社会的な評価が上がる
レジリエンスへの取り組みが、企業を評価する指標の1つとなるケースが増えています。柔軟な発想で新しい価値を創造するためにも、レジリエンスは欠かせません。投資家の判断要素としても重視されていることからも、企業として積極的に取り組む姿勢が求められます。
レジリエンスが高い人とは?
レジリエンスが高い人の特徴は下記の通りです。
- ●柔軟に考えられる
- ●物事を長期的に見られる
- ●自分自身の長所を見つけられる
- ●周囲と良好な関係を築ける
レジリエンスが高い人は、困難な状況にも前向きに対処できて、柔軟な思考で問題の解決策が模索できます。
レジリエンスが低い人とは?
レジリエンスが低い人の特徴は下記のとおりです。
- ・視野が狭い
- ・物事に一喜一憂する
- ・自分自身の悪い面に注目する
- ・自分や他人に厳しい
レジリエンスが低い人は、困難な状況に陥ったとき失敗を恐れて積極的な行動が取れず、スムーズな解決が見込めません。
レジリエンスにおける6つのコンピテンシー(要素)
コンピテンシー(要素)とは、高い成果につながる行動特性のことを指します。レジリエンス研究の第一人者であるカレン・ライビッチ博士は、6つの要素を提唱しています。
- ・自己認識
- ・自制心(セルフコントロール)
- ・現実的楽観性
- ・精神的柔軟性
- ・自己効力感
- ・人とのつながり
以下で詳しく解説します。
自己認識
自己認識とは、自分の思考や感情、行動を認識する能力です。困難に直面した場合も感情に流されず、客観的に状況を認識することが問題解決の第一歩となります。動揺しても自分を落ち着かせる方法が分かっている人は、自己認識力が高いといえます。
自制心(セルフコントロール)
自制心(セルフコントロール)は、自分の思考や行動を、目的に向かわせる能力です。 自律心や自己調整、自己鍛錬などと似ていて、訓練することでコントロールしやすい特性があります。感情に流されず、自らの感情を制御することができれば、どんな状況においても冷静に対処しやすくなります。
現実的楽観性
現実的楽観性は、困難に対して楽観的かつ前向きに考える能力です。ただし、根拠のない楽観的な思考で物事を捉えてしまうと、最善の対処はできません。楽観性を持って現実的な行動を起こす能力があってこそ、レジリエンスにおける重要な要素となります。現実的楽観性を高めることで、「困難な状況を乗り越えることで人生の糧となる」と考えることができ、課題に対してポジティブに取り組めます。
精神的柔軟性
精神的柔軟性は、物事の本質を捉える能力です。難しい課題に対して前向きな気持ちで取り組むことは大切ですが、感情が高ぶりすぎると視野が狭くなるリスクがあります。レジリエンスでは、多角的な視点で冷静に判断することが重視されます。精神的柔軟性があることで、物事を広い視野で把握しやすくなり、課題に対して柔軟に対処できます。
自己効力感
自己効力感は、状況のコントロールや、問題の解決が可能だと信じる能力です。自己効力感は「セルフ・エフィカシー」と呼ばれることもあり、自分への自信を表します。自己効力感が高い人は「自分ならできる」と信じて、困難に立ち向かう行動力があります。
人とのつながり
人とのつながりは、チームワークによって課題解決につなげる能力です。レジリエンスは、個人の内面的な要素だけでなく、外部の対人関係によっても強化できます。良好な人間関係があれば、困難が生じた際にサポートを受けやすく、チームとしての解決が目指せます。
企業のレジリエンスを高める方法
レジリエンスの強化は従業員個人の問題ではありません。企業がレジリエンスを効果的に高めるためには、4つの方法があります。
- ・従業員のレジリエンスを高める
- ・働きやすい環境を整備する
- ・BCPに取り組む
- ・ビジョンを浸透させる
以下で詳しく解説します。
従業員のレジリエンスを高める
企業のレジリエンスを高めるためには、従業員のレジリエンスが育つ環境を整える必要があります。従業員1人ひとりのレジリエンスが強化されると、結果として組織全体のレジリエンスが底上げされます。
ただし、レジリエンスを高めるには時間を要するため、トレーニングや研修を行いながら、少しずつ浸透させていくことが重要です。また、レジリエンスを従来の根性や気合いといった、精神論と同等のものと捉えてしまうと、悪影響を及ぼしかねません。企業がレジリエンスを正しく理解して、従業員の教育に反映させることを意識しましょう。
働きやすい環境を整備する
柔軟性のある組織風土を醸成していくことで、企業のレジリエンスは高まります。例えば、組織全体で、チャレンジを評価するシステムを取り入れるのも、1つの方法です。従業員が新しいことに挑戦しやすい環境を整備することで、レジリエンスが高まるだけではなく、エンゲージメントの向上といった、さまざまな効果が期待できます。
また、従業員の評価において、減点方式をやめれば、失敗を恐れず挑戦しやすくなります。レジリエンスが高い人でも、ミスをするたびにネガティブな評価をされると、モチベーションは低下します。ミスした従業員に責任を負わせるのではなく、組織の課題として対処することで、再発防止策を講じることが可能です。問題が生じた原因を分析し、組織全体で共有すれば成功につながるナレッジにもなるでしょう。
BCPに取り組む
BCPは「Business Continuity Planning」の略称で、事業継続計画を指します。災害などのトラブルに備えて、企業があらかじめ決めておく対処策のことで、「社内データのバックアップ体制を構築する」「電力を確保するための設備を用意する」といった例が代表的です。
BCPに取り組んでいれば、有事の際も被害を最小限に抑えて、事業を継続させられます。また、BCPは企業のレジリエンスを高める観点からも重要です。災害は困難な状況をもたらす「危険因子」となるため、従業員のストレスを緩和させる体制を整えなければなりません。例えば、事故や災害が発生しても、対応方法のガイドラインが用意されていれば、スムーズな復旧が見込めます。
また、テレワークを推進している企業は、サイバー攻撃や情報漏洩といったトラブルが起こるリスクを抱えているため、事前にBCPを整えておきましょう。
ビジョンを浸透させる
企業としてレジリエンスを高めるには、従業員へのビジョンやミッションの浸透が不可欠です。組織の隅々まで正しい理解を浸透させるためには、一度ではなく繰り返しビジョンを伝えていく必要があります。ビジョンが行き渡っていれば、従業員1人ひとりが適切な判断をしやすくなり、組織内での認識のズレを減らせます。
また、ビジョンの浸透では、企業と従業員で目指す方向性をマッチさせることも重要です。社会情勢の変化が激しい現代社会では、市場の移り変わりも早いため、柔軟な対応が求められます。従業員全員に経営方針、事業展望が伝わっていれば、企業として統一感のある施策が講じられます。
まとめ
健康経営や従業員のメンタルヘルスケアを重視する企業が増加しているなかで、レジリエンスへの注目度が高まっています。 レジリエンスとは、困難を乗り越え回復する力を意味する言葉で、強化することで、企業と従業員双方にメリットがあります。 一方で、正しい理解のないままレジリエンス対策を進めてしまうと、根性や気合いといった精神論に陥ってしまうリスクも懸念されます。
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