コンピテンシーとは?
コンピテンシーとは、組織で高いパフォーマンスを発揮する人物(ハイパフォーマー)に共通している行動特性のことです。ハイパフォーマーの考え方や思考、視点などを分析することで、他の人も高いパフォーマンスを発揮できるようにすることがコンピテンシーの目的です。
コンピテンシーの歴史
コンピテンシーは、1950年代に心理学用語として使用されていた経緯があります。それから時が進み、1970年代にハーバード大学教授のマクレランド氏が行った調査結果を発表したことで、コンピテンシーの概念が広がり始めました。この調査は公的機関の職員を対象に、学歴・知能と実績の相関性を調査したものです。その結果、 ハイパフォーマーには一定の思考パターンと性格に共通性があり、ある種の行動特性があることが明らかになりました。マクレランド氏の調査結果から「組織で高いパフォーマンスを発揮する人物には共通する行動特性がある」とわかり、コンピテンシーが注目されるようになりました。現代ではコンピテンシーについての研究が進んでおり、理論による解説と項目の体系化も行われています。具体的には、コンピテンシーの「氷山モデル」という図により、顕在化した「見える部分」と潜在化した「見えない部分」があると説明されています。見える部分はスキル・知識・経験・成果など、客観的にも判定可能なものです。見えない部分は動機・価値観・性格・使命感など、客観的には評価しにくいものとされています。
コンピテンシーが注目される背景
コンピテンシーが注目されるようになった背景には、バブル崩壊後の企業の人事制度の変化、成果主義の台頭が関係しています。日本では長らく年功序列・終身雇用制が維持されてきましたが、バブル崩壊後は成果主義を重視する企業が増加しました。成果主義ではハイパフォーマーは企業の利益への貢献度が高く、キャリアアップもしやすくなります。しかし誰もがハイパフォーマーになれるわけではなく、どうしても仕事の質には個人差があります。そこで注目されたのがコンピテンシーです。 ハイパフォーマーの行動特性を分析することで、他の社員のパフォーマンスを高め、組織の生産性を高めることが意識されるようになりました。
コンピテンシーと類語・関連語との違い
コンピテンシーには似た意味を持つ類語や、近しい関係にある関連語があります。それぞれの言葉の違いについて紹介します。
コンピテンシーとコア・コンピタンスとの違い
コンピテンシーと似た言葉に「コア・コンピタンス」というものがあります。コア・コンピタンスとは、企業・組織において、他社には真似できない中核的な能力や技術、知識などを指します。例えば、電化製品に欠かせない半導体を作る技術や自動車のエンジン技術のほか、町工場などの小さな部品を作る技術もコア・コンピタンスです。コア・コンピタンスは企業として同業他社に対する優位性であり、より広義には商品の開発力や顧客へのサービス力も含まれます。 コンピテンシーはハイパフォーマー個人の行動特性を指すのに対し、コア・コンピタンスは会社・組織の持つ優位性である点が大きな違いです。コア・コンピタンスの存在は、その企業が業界で独自の地位を保つために必要なものであり、社会に提供している価値ともいえるでしょう。
コンピテンシーとスキルとの違い
コンピテンシーはハイパフォーマーの行動特性であり、能力を発揮するための行動や力とも言い換えられます。一方、スキルとは個人の持つ能力や技術そのものを指します。例えばパソコン操作や資料作成、コミュニケーション能力などの汎用的なもののほか、資格保有者にしかできない行為などもすべて含めてスキルです。この観点で説明するなら、コンピテンシーはスキルを最大限発揮するために、ハイパフォーマーが行っている成果につながる行動となります。プロスポーツプレイヤーがプレイに入る前、精神の安定とリズムを整えるためのルーティンもコンピテンシーの一種といえるでしょう。
コンピテンシーとアビリティとの違い
アビリティとは、特定の分野や業種などで発揮する能力や力量のことです。先天的なものも後天的なものも含まれるため、努力次第で身につけられるものをアビリティと呼びます。例えば100m走で15秒台の子どもが努力を続け、10秒台で走れるようになったとした場合、速く走れる能力がアビリティです。また目標を達成するために、諦めずに努力を続けられる忍耐力もアビリティといえるでしょう。つまり、アビリティもスキルと同様に幅広い能力を指しています。アビリティにもスキルにも共通している点は、持っている能力そのものがアビリティであり、アビリティを発揮するための力がコンピテンシーであるという点です。コンピテンシーは「能力を最大限発揮するための能力」と捉えるとわかりやすいでしょう。
コンピテンシーとケイパビリティとの違い
ケイパビリティとは英語で能力・才能・可能性を意味します。ただし、ビジネスでは企業全体の組織力や組織独自の強みなどの意味合いで使われます。コア・コンピタンスとも似た言葉に思えますが、ケイパビリティは成長性の意味合いが強く、事業プロセス全体の可能性を指す言葉です。コンピテンシーは個人の行動特性や能力を発揮する力である点と比べると、ケイパビリティは組織全体の成長や発展を指している点が大きく違います。またコア・コンピタンスは企業の持つ技術的な優位性であり、ケイパビリティを構成する要素と捉えられます。コンピテンシーとケイパビリティ、コア・コンピタンスはそれぞれ関連性はあるものの、意味するものは違うことを認識して使用しましょう。
コンピテンシーの活用場面
コンピテンシーが活用されるのはどのような場面か、3つのケースを紹介します。
コンピテンシーが活用されるのはどのような場面か、3つのケースを紹介します。
人事評価
コンピテンシーは、人事評価の場面で評価項目の1つとして活用できます。人事評価制度では社員の行動や成果を評価に加えますが、会社や部署によって評価項目はさまざまです。評価項目にバラつきがあると、評価基準もあいまいになり、正しい評価がしにくくなります。一方、コンピテンシーは高い評価の成果を生み出すハイパフォーマーに共通した行動特性を基準にしているため、客観的に評価しやすいというメリットがあります。近年広がりを見せている360度評価においても、コンピテンシーは明確な評価基準となるでしょう。
採用面接
採用面接や人材の採用でも、コンピテンシーは重要な判断指標として活用できます。自社のコンピテンシーを把握できていれば、採用面接の段階で高く評価する基準を設けられます。履歴書の実績や面接での応対での情報を確認することで、コンピテンシーを基準に自社とマッチする人材か判断可能です。前職でどれだけ優秀な人材でも、採用後のミスマッチで成果を出せないことはありえます。コンピテンシーを評価基準に採用することで、採用の段階で自社に必要な人材かどうかの判断材料が増えるでしょう。
人材育成
コンピテンシーは高い成果を出すための思考や行動パターンのことですから、自社の人材育成に活用すれば、能力開発やキャリアアップにつながります。社員が全員で同じように思考し、行動することでチームワークの向上につながるだけでなく、業務の効率化にもなります。またコンピテンシーという明確な基準があることで、社員の目標が明確になり、自主的な自己啓発やキャリア開発も進みやすくなるでしょう。
コンピテンシーを活用するメリット
コンピテンシーを活用することで、企業にとってどんなメリットがあるのかを3点紹介します。
生産性が向上する
コンピテンシーを活用することで、社員に体系化した情報を提供でき、会社の生産性向上が期待できます。 コンピテンシーで高い成果を出す人の行動・思考を参考にすれば、どの社員も成果を出すための行動が客観的に理解できます。また企業としても推奨する行動を明確化できるため、社員が意識的に行動し、目標を立てることにもつながるでしょう。
公正公平な人事評価ができる
人事評価制度にもコンピテンシーに基づいた体系的な評価基準を設けることで、公正公平な人事評価ができる点もメリットです。従来の人事評価では上司の主観が入る余地が大きく、社員に不公平感を招くことも少なくありませんでした。近年は360度評価やMBO(目標管理制度)を導入する企業も増えていますが、客観的な評価は難しかったのが実情です。しかしコンピテンシーを評価項目に入れることで、会社として社員に求める行動が明確化し、人事評価でも公平性が高まります。また社員も評価を高めるための行動が理解できるため、仕事への意欲を高める結果につながるでしょう。
効果的な人材育成ができる
コンピテンシーはハイパフォーマーの行動特性のことであり、人材育成に活用すれば育成の効率化につながります。ハイパフォーマーがどのような場面でどう考え、行動するかを知れば、状況に応じた最適な行動が体系化してまとめられます。通常、人材育成には多くの時間が必要ですが、コンピテンシーを活用することで育成速度を上げられるでしょう。さらに人材採用の場面でコンピテンシーを取り入れれば、採用の時点で自社にマッチする優秀な人材を採用できます。 人材育成・採用の両面からコンピテンシーは有用な施策となるでしょう。
コンピテンシー評価導入のステップ
コンピテンシーを評価に採用し、導入していくには4つのステップを踏んで行う必要があります。どのように進めるべきか、手順とポイントを解説します。
ハイパフォーマーへの調査
コンピテンシーを人事評価に導入するには、まず自社のハイパフォーマーからヒアリングを行い、成果につながる思考や行動を洗い出します。行動特性は部署や業種によっても異なるため、細かくヒアリングしていくことが大切です。またヒアリングする際は、どのような行動や思考をした結果どのような成果につながったのか調査しましょう。再現性の高い行動・思考であれば、多くのハイパフォーマーに共通する部分が見えてくるからです。そしてなぜそのような思考・行動につながったのか、プロセスについても聴取します。根拠のないプロセスでは、他の社員に学んでもらっても成果につながりにくく、コンピテンシーとしては不十分になってしまいます。
コンピテンシーモデルの作成
ヒアリングでハイパフォーマーの行動特性が把握できたら、結果を参考に評価基準となるコンピテンシーモデルを作成します。コンピテンシーモデルとは、コンピテンシーを実務や評価に反映させるために具体化したものです。そしてコンピテンシーモデルには「理想型」「実在型」「ハイブリッド型」の3種類があります。それぞれの概要は次の通りです。
・理想型
企業が求める理想の社員像を元に作成するモデル。社内に理想となるハイパフォーマーがいない場合に、会社にとって理想となる社員像をモデル化していきます。ただし、理想が高すぎると現実と乖離してしまうため、現実的に達成可能なモデルにする必要があります。
・実在型
社内で実際に成果を挙げているハイパフォーマーを参考に作成するモデル。実在する人物である分、具体的な行動特性を理解しやすく、他の社員にも納得感を与えられる点がメリットです。一方、モデルとするハイパフォーマー次第では、他の社員との認識の乖離が起こりやすい点には注意すべきです。
・ハイブリッド型
理想型と実在型の両方を取り入れて作成するモデル。実在型を元にモデルを作成しつつ、理想型に求める要素も組み込みます。どちらのメリットもバランスよく取り入れているため、現実との乖離が起こりにくく、再現性が高くなります。
すでに社内にハイパフォーマーがいる場合は、ハイブリッド型のモデルを作成するのがよいでしょう。理想型も実在型も、要求するレベルが高すぎれば社員の不満の原因となるため、会社全体の平均的なレベルを把握したうえでモデルを作成してください。
具体的な評価項目の設定
コンピテンシーモデルの作成を進めるにあたり、より具体的な評価項目の設定も必要です。コンピテンシーの評価項目を定める際は、コンピテンシーディクショナリーの領域と項目を参考にするのがおすすめです。
領域 | 項目 |
達成・行動 | 達成思考 秩序・品質 正確性への関心 イニシアティブ 情報収集 |
援助・対人支援 | 対人理解 顧客支援思考 |
インパクト・対人影響力 | インパクト 影響力 組織感覚 関係構築 |
管理領域 | 他者育成 指導 チームワークと協力 チームリーダーシップ |
知的領域 | 分析的志向 概念的志向 技術的・専門職的・管理的専門性 |
個人の効果性 | 自己管理 自信 柔軟性 組織コミットメント |
コンピテンシーディクショナリーは、評価項目のモデルケースとして広く活用されています。評価項目の設定に迷ったときは、上記の領域と項目に基づいてモデルを作成してください。
項目別のレベル設定
最後に、コンピテンシーの評価項目別にレベル設定を行います。一般的には前述のコンピテンシー評価項目を5段階にレベル分けして評価することが多いです。
・レベル1:【受動行動】仕事は常に受け身で、改善する姿勢が見られない
・レベル2:【通常行動】通常業務・決められた業務は行えるが、改善への意識は見られない
・レベル3:【能動行動】ルールに従いながらも、自身の知識や経験に基づき、主体的に行動することができる
・レベル4:【創造行動】自身の業務だけでなく、部署間を越えて工夫・創造する姿勢が見られる
・レベル5:【パラダイム転換行動】新たな発想、独自のアイデアを出し、会社全体を巻き込んで改善・創造していく姿勢が見られる
上記はあくまで一例ですが、レベル分けしていくことで評価基準が会社・社員の双方にとって明確になり、業務効率化や生産性向上にもつながっていきます。
コンピテンシーを成功させるポイント
コンピテンシーモデルを作成し、人事評価への導入を成功させるためにできることは何か、ポイントを3点紹介します。
適切な評価項目を設定する
コンピテンシーを採用した評価項目は、多くのハイパフォーマーから情報を収集するため、項目1つを決定するのにも長い時間がかかります。コンピテンシーモデルを作成する過程で、目標との整合性も取りながら適切な評価項目を検討すべきです。ハイパフォーマーの行動特性は部署や業種によっても異なるため、画一的な評価項目を選定すると評価制度として不十分になります。ヒアリングしたハイパフォーマーの意見も取り入れながら、適切な評価項目設定を目指しましょう。
中長期の計画を立てる
コンピテンシーモデルを用いた評価制度は、すぐに効果が現れるわけではありません。新しい評価制度は一時的に社員のモチベーションを高めますが、行動や思考が定着するには数か月から数年という時間が必要です。長い間社員がモチベーションを維持し続けるのも容易ではないため、短期間で効果を見込むのは難しいでしょう。また設定した評価項目も絶対的に正しいとは限りませんから、評価項目自体をブラッシュアップしていくべきです。コンピテンシーモデルを導入したら、短期・中期・長期に分けて計画を立て、必要に応じて計画の修正も行いましょう。
項目は定期的に見直しを行う
コンピテンシーモデルを導入後、定期的に評価制度と項目の見直しを行うことも重要です。ハイパフォーマーの行動特性を参考に作った評価項目であっても、時代やビジネス環境の変化により、適切な内容から外れてしまうことがあるからです。例えば20年前と現代では通信技術やIT技術の変化が激しく、ビジネスにおける常識も大きく変化しています。コンピテンシーモデルを取り入れた評価制度も、時代の変化に伴って通用しなくなることがあります。そのため 評価項目は定期的に見直しを行い、会社にとって最適な内容にアップデートするよう心がけなければなりません。
まとめ
コンピテンシーを人事評価や人材育成、採用などに生かすには、ハイパフォーマーの行動特性をしっかりと把握することが重要です。 自社のコンピテンシーを正確に理解できれば、効率的な人材育成や公平な評価制度、優秀な人材の確保などにつながります。コンピテンシーの内容は業種や業界、組織によっても異なるため正解はありません。自社の人材育成に悩んだときは、ハイパフォーマーのコンピテンシーを分析し、育成計画に反映してみましょう。