リスキリングとは?
リスキリングとは、ビジネスのDX化が進む中で、企業の既存の人材を再教育し、必要なスキルを身に付けてもらうものです。コロナ禍以降、世の中ではDX化が大きく進み、デジタル技術を用いて業務の効率化が行われてきました。また近年はAIの進化も進み、一部の業務を人からAIに代替できるようになっています。
リスキリングとリカレント教育、生涯学習、アンラーニングとの違い
リスキリングと混同しがちな用語があります。それぞれの違いを確認しておきましょう。
リカレント教育
リカレント教育は、「学び直し」を意味します。リスキリングも学び直しに近い意味がありますが、リカレント教育とリスキリングは次の点で違います。
・リカレント教育は個人で自由に学び直しを行える
・リカレント教育は教育機関や通信教育などで学び直しを行う
リスキリングは職能訓練に近い意味があり、働きながら職務遂行に必要なスキルと知識を学び直します。リカレント教育は仕事とは全く関係なしに、退職や休職して学び直しを行うため、企業にとって有益とは限りません。一方、リスキリングは企業に必要なスキルを身に付けてもらえるため、企業にとって有益な人材を確保することができます。
生涯学習
生涯学習とは「豊かな人生を送る」という目的のために、仕事や趣味などの知識・スキルを学ぶことを意味します。リスキリングとの違いは、仕事に必要なスキルに限らず、学べるものなら全てが当てはまる点です。また生涯学習は人生を豊かにすることが目的であって、学習する内容に限定がなく、リカレント教育のように専門的な学習も必要としません。人生における全てに学びを見出すことが本質で、デジタル化への適応を目的とするリスキリングとは方向性が大きく違う点を知っておきましょう。
アンラーニング
アンラーニングは、それまでに学んできた知識・スキル・価値観の中で、不要なものを捨てて学び直すことを意味します。転職や組織の再編成、新規事業の立ち上げ、ICT・DXによって既存の知識が有効でなくなった場合に、従来の知識・スキルを捨てて、新たな知識・スキルを学び直すことがアンラーニングとなります。リスキリングと混同しやすい意味を持ちますが、アンラーニングはスキルに限らず、知識・価値観まで幅広く学ぶ点が大きな違いです。変化の速い時代だからこそ、既存の知識や価値観に縛られず、新たな知識・価値観を取り込もうとするアンラーニングは重要視されています。
リスキリングが注目されている理由
近年、リスキリングが多くの企業に注目される理由には、DXの推進・企業活動における必要性の高まり・世界的な感染症の流行という3点があります。リスキリングが重要視される3つの理由について、詳しく紹介します。
DX推進が影響している
DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、AIやコンピューターを業務に取り入れることです。企業がDXを推進するには、デジタルに関する知識やスキルを持つ人材が必要になります。しかし、DXに対応できる人材が不足しているため、既存の従業員に対するリスキリングが注目を集めています。※AI(人工知能)とは?
国内外で必要性が説かれた
2020年開催の世界経済(ダボス)会議では、2030年までに10億人のリスキリングが目標として掲げられました。また、2022年の岸田総理による所信表明演説では、リスキリングに対する支援制度の導入が表明されています。さまざまな場所でリスキリングの必要性について触れられています。
新型コロナウィルスの蔓延が影響している
新型コロナウィルスの影響でテレワークが広がったり、非対面型のサービスが増えたりするなど、働き方が変わりました。その結果、これまでとは異なる知識やスキルが必要になるシーンが増えるとともに、デジタルに関する知識やスキルを持つ人材が求められるようになりました。
リスキリングを行う4つのメリット
リスキリングを行うメリットは、大きく4つ挙げられます。どのようなメリットがあるのでしょうか。
1.業務効率化につながる
リスキリングで得た知識やスキルをDXに活用すると、これまでかかっていた時間や手間を短縮できるため業務効率化につながり、生産性もアップします。業務の効率化が実現できれば、残業が減る・ほかの業務や新たな業務に時間を割ける・ワークライフバランスをとりやすいなど、企業にとっても従業員にとってもメリットがあります。
2.新しい発想につながる
リスキリングを実施すると、これまでにはなかった新しい知識やスキルを習得した従業員の考え方や捉え方が変わり、新しい発想が得られやすくなります。新たなアイデアが出てくるようになれば、社内にも新たな変化が生まれる可能性があります。
3.企業文化を社内に浸透させられる
デジタルに関する知識やスキルを持った新しい人材を採用するだけでは、企業文化の継承は難しくなります。しかし、既存の従業員がリスキリングを行えば、これまで培ってきた企業文化を守りながら新しいスキルを身につけられます。既存の従業員をみることで、企業文化が新しい人材にも浸透しやすくなる点も大きなメリットです。
4.人材採用に必要なコストが削減できる
既存の従業員にリスキリングを行えば、DXに対応するためだけの人材を採用する必要がなくなり人材採用に関するコストも削減できます。専門性が高いゆえ採用費用がかかるDX人材をみつける必要がなくなるからです。従業員を育成する費用や時間も必要ないため、人材採用に関するさまざまなコストを大幅に削減できます。
リスキリングを行う4つの手順
リスキリングを行う際は、必要な情報を整理することから始めましょう。リスキリングは以下の手順で行います。
1.求められる人材と能力を整理する
リスキリングを実施するには、まず何を目的にするのか考え、企業の事業戦略に基づいて必要なスキルを身に付けてもらう必要があります。そのためリスキリングを行うには、企業にとって望ましい人材と能力を整理したうえで、社員の中から対象者を選定しましょう。リスキリングは通常の業務を遂行しながら進めるのが一般的であり、社員が学びやすい環境を整え、モチベーションを維持できるようにサポートする体制も整えるべきです。リスキリングを担当する人材にはデジタル・ITに精通した人材を、対象者には企業の設定した能力の基準を満たし、かつ意欲の高い人材を選定してください。
2.教育方法を選定する
人材と能力を整理したら、次は教育方法も選定してください。DXに関するスキルを教育するにしても、企業にとって必要性の高いもの、今後の事業内容と目標に適した内容でなければ意味がありません。またリスキリング対象者はデジタルの専門家ではないため、基礎知識すらない可能性もあります。どの程度のレベルからスタートし、最終的なゴールをどこに設定するのか、目標によっても教育方法は全く違います。自社に専門家がいない場合は、外部の専門家に相談し、自社のリスキリングに最適な教育方法を決定しましょう。
3.プログラムに取り組む
教育方法が決定したら、次は対象となる社員にプログラムに取り組んでもらいます。注意すべきは、リスキリングには社員本人の意思とモチベーションが非常に大事である点です。リスキリングは社員にデジタルを学んでもらい、DX導入で活躍できる人材を育成しなければなりません。社員自身が積極的に学ぶ意思を持たなければ、業務負担とストレスが増すだけです。プログラムに取り組んでいる時は、社員との1対1での面談も行いながら、リスキリングへのモチベーションの維持、キャリア像を具体的にイメージさせることが重要になるでしょう。
4.業務で実践する
リスキリングプログラムに取り組んでも、実践の機会がなければ意味がありません。リスキリング後は、学んだスキルを活かせる環境に配置するか、新たな事業部門を任せることで、社員が学びを実践しやすい状況を整備してください。また、リスキリング後は実践経験を通して学べるように、OJTを意識したフォローとフィードバックの機会を設け、スキルアップできるようにすることも重要です。時代の変化についていくには、スキルを身に付けることがゴールではなく、必要に応じてスキルと知識を磨くことの方が大切だからです。
リスキリングを行う際の注意点
リスキリングを行う際は、社内リソースの必要性や教育体制について注意しなければなりません。
社内リソースの確保が必要になる
リスキリングを社内で行う場合、教育担当者が教育業務に専念できる環境を作る必要があります。リスキリングの計画から実施には手間と時間がかかるため、担当者がほかにもやらなければならない業務があると思うように進みません。
教育体制の構築が求められる
リスキリングを成功させるためには、綿密な計画を立てたうえで対象の従業員が必要な知識やスキルをしっかり身につけられる教育体制を整えることも大切です。自社での対応が難しい場合は、外部に委託することも検討しましょう。
国内外のリスキリング導入事例
ここで、国内外のリスキリング導入事例を紹介します。自社で取り組む際の参考にしてみてください。
大手電機メーカーA
大手総合電機メーカーAは2019年開催のESG説明会において社会価値の創出を牽引する人財戦略を発表し、その中の1つにデジタル人財の強化を掲げました。そして企業のエコシステムを創出するデジタル事業を行っています。その事業を牽引する人材を育成するため、所属する国内グループ企業で、全従業員16万人という大規模なリスキリングを実施しています。大手総合電機メーカーAではDXの基礎教育プログラムとして、4つのステップから成るリスキリング施策を行っています。デジタルリテラシーを構成するのは、次の4ステップです。
・DXの基礎
・課題定義
・実行計画の立案
・実行に向けた動き
DXの基礎知識からスタートし、実践レベルでの課題解決に向けたリスキリングプログラムを行っています。
総合エレクトロニクスメーカーB
情報通信機器メーカーBは、2020年度の経営方針説明会でDX人材への進化と生産性の向上を改革の1つとして掲げました。DXを作業効率改善の施策だけではなく、事業変革の施策として打ち出した形です。そして全従業員を対象として、DX人材育成のリスキリングを行うことを目標にしました。DX専門の子会社を設立し、社内外を問わず、さまざまな業種と連携してDXを推進しています。5年間で5,000~6,000億円の投資を予定し、全従業員13万人をリスキリングする予定を発表しました。さらに2021年12月には人材育成プログラムの開始を発表し、世界的なIT企業とも協力して高度なリスキリングプログラムを開発しました。現在は世界各地の従業員を対象に、オンライン化でのリスキリングプログラムを実施しています。
アメリカ大手情報・通信会社C
アメリカの通信業界大手では、リスキリングの先行事例としても有名です。スマートフォン市場が拡大し、5Gの登場などで通信が高速化することに伴い、それまでの収益の中心であったハードウェア部門で、今後苦境に立つことを予測しました。そのためDXに対応する目的で2020年を目途に自社の企業課題、求められるスキルを特定することで、従業員のリスキリング計画を立て始めました。従業員は10万人に上りますが、10億ドルの資金を投資することによって、リスキリングプランを計画しました。その中で、次の4つの取り組みを実施しました。
1.リスキリングを促進による、ジョブ・スキルの明示化、スキルアップによる報酬などの体系を整備
2.キャリア開発支援ツール「キャリアインテリジェンス」の利用
3.オンライン用訓練コースの開発
4.ワンストップ学習プラットフォーム「パーソナル・ラーニング・エクスペリエンス」の提供
これらの施策によって、リスキリングを行った人材の多くが昇進し、離職率低下にも繋がるという結果を残しています。
大手精密機器メーカーD
大手精密機器メーカーDは産業機器・商業印刷・ネットワークカメラ・メディカル領域の事業を拡大するため、DXの推進を行う方針を発表しました。デジタル技術を持つ従業員の増員のため、既存の非デジタル人材を対象にリスキリングプログラムに取り組んでいます。そして自社のリスキリング施策として、ソフトウェア技術者育成の専門機関を設立しました。この機関は職種転換を希望する社員を対象に、リスキリングプログラムを実施し、実際に140人ほどがエンジニアに転向しています。またこの機関以外にも、工場従業員など1,500人を対象にクラウド研修とAI研修も実施しています。複数のプログラムを同時進行することで、デジタル知識を持つ人材の育成が加速しています。現在もこうしたリスキリングプログラムを継続中であり、今後もデジタル人材の育成を進めていく方針です。
大手鉄鋼メーカーE
2020年にDX推進拠点として、グループ内に専門施設を設置し、国内にある製鉄所・製造所のデータを総括する環境整備を行いました。DX推進によって作業を効率化することを目的に、データサイエンティストの育成を行っています。2020年度末までに350人のデータサイエンティストを育成し、今後は2024年末までにデータサイエンティストを600人育成する予定です。自社内でデータサイエンティスト育成を進めた背景には、DX人材確保の困難さがあり、自社でリスキリングを行うことで、既存人材を有効活用したいという狙いがあります。リスキリングプログラムでは、従業員のレベルに応じて、次の4段階を用意しています。
- 1.データサイエンス先駆者
- 2.データサイエンス伝道者
- 3.データサイエンス活用者
- 4.データサイエンス利用者
データサイエンス利用者はAIリテラシーからスタートできる一方、データサイエンス先駆者は学術機関での専門研修や研究にも参加し、社内のDXを先導する人材育成を目指しています。
空調機器・化学製品メーカーF
空調機器・化学製品メーカーFは、企業内大学を設立してDX人材不足という企業課題解決を図っています。DX推進に舵を切った理由には、競合他社との競争激化により、従来のビジネスモデルでは企業価値の創出が難しくなったことが挙げられます。代表的な空調機器はエアコンですが、近年は付加価値の時代となっており、付加価値を見出すためにDX人材の確保が必要になったためです。2023年度内にデジタルスキルを持つ従業員を1,500人まで増員し、全従業員の18%という水準を目指しています。また企業内大学を設立し、新入社員を100人ほどが受講し、DXの基礎知識から専門知識まで幅広く学ぶ機会を設けています。受講期間は2年間となっており、受講中は業務を免除、給与も支給されることから、DX教育だけに集中できる環境が用意されている点が特徴です。1年目に座学と演習中心の基礎講座、2年目に課題解決型学習(PBL)も導入し、受講者が自ら課題を解決する能力を高める学習を行っています実践に即した課題解決力を養うことでき、デジタル時代における即戦力の育成が期待できる仕組みです。
大手食品メーカーG
大手食品メーカーGではDXによる生産性・競争力・企業価値を高めていくという方針を掲げています。自社プログラムとしてDXビジネス人財育成プログラムを開始し、デジタル人材育成を進めています。現在は教育段階ですが、2026年から2030年までの5年間で全従業員をDXビジネス人材にする予定です。この取り組みのほかにも、AIによる物流プロジェクトやフードテック企業との連携など、時代に合わせたプロジェクトも推進中です。DXビジネス人材育成プログラムは、業務にデジタル技術を取り入れるために、DX関連スキルの基礎を学ぶことを目的にしています。従業員からは非常に好評であり、プログラム参加希望者は1,000人以上、2021年秋には2,300人ほどが受講する人気プログラムです。2030年を目標に全従業員のリスキリングを進めており、従業員のモチベーションも高い状態を維持しています。
大手人材派遣会社H
大手人材派遣会社Hでは、予測困難な時代に対応するため、従業員のリスキリングを進めています。リスキリングプログラムを二度開催しており、2021年の初めてのリスキリングプログラムではDX人材の育成のほか、顧客と自社のDXを推進し、デジタル時代の競争力強化に取り組みました。プログラムを受けた受講生は40人で、3カ月間で基礎教育、次の3ヵ月で応用研修を受講し、企業課題解決に貢献するアプリケーション開発を行い、高い効果を見せています。二度目のプログラムは2024年5月までに従業員3,000人ほどを育成し、DX人材として活用することを目指しています。初回の取組みとの違いは、DXプロフェッショナル育成コースとDXスペシャリスト育成コースを用意し、従業員のレベル別にプログラムの階層を分けた点です。またデジタル・アカデミー社員も募集し、IT未経験者を対象に基礎教育6ヵ月間、実務研修(OJT)を6ヵ月間実施することで、AI・RPA事業への人材転換を目指しています。人材派遣会社らしく、従業員の強みを活かす形でリスキリングプログラムを実施し、DXによる企業課題の解決と事業拡大を推進しています。
まとめ
リスキリングとは、DX推進に対応するために必要な知識やスキルを身につけることです。リスキリングは企業にも従業員にもメリットがある一方、社内リソースの確保や教育体制の構築が必要となります。自社で取り組むのが難しい場合は、外部に委託するのもおすすめです。
ユーキャンでは、通信講座だけでなく、研修やeラーニングなど社員様のリスキリングにご活用いただけるサービスのご提案が可能です。リスキリングを検討している企業様は、ぜひお気軽にお問合せください。